今回は認知症の治療に関する最新知見を紹介します。
通常認知症と診断され、病院で薬による治療になった場合、ドネペジルやガランタミンといった、認知症の進行を抑える薬が処方されます。
その他、徘徊などの周辺症状がある場合、「抑肝散(よくかんさん)」もしくは「抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)」という漢方薬が錠剤とセットでよく処方されます。
”認知症で漢方といえば抑肝散”というくらい有名な薬で、周辺症状が驚くほど改善する例があります。
漢方も認知症の諸症状を抑えるためにかなり効果的ですが、今回は、
認知症の発症を予防する可能性のある漢方薬、「人参養栄湯」に関する研究を紹介します。
この、認知症の発症を予防する可能性がある、というのがミソですね。
糖尿病予防が認知症の発症予防に与える影響
今回の内容は、一般社団法人、京都工場保険会の代表理事 /副会長の丸中良典先生の研究発表の紹介となります。
丸中先生は、人参養栄湯の糖尿病に対する効果の研究を続けておられますが、
その中で、人参養栄湯の認知症予防薬としての可能性についても言及されていましたので紹介します。
糖尿病を改善する効果が認知症を防ぐ効果になる
丸中先生は、予備軍を含めると日本で2千万人を超えているという糖尿病の病態解明を研究されています。
特に、糖尿病の病態でまだよくわかっていない、”インスリン抵抗性”について、
独自の知見を持っておられます。
それが、体の中の間質液、つまり細胞の外、血管の外を満たしている体液が酸性化すると、インスリン抵抗性を生み出す、というものです。
この知見に関するデータは着実に集まっていますが、ここで重要なのは、認知症予防につながるか、認知症の発症を抑える予防薬になりえるか?ということです。
いくつかの記事にも書いておりますが、
生活習慣病である糖尿病は、認知症の発症リスクを確実に上げます。
糖尿病を改善することは、認知症の発症を防ぐことにもちろんなりますし、
糖尿病で認知症が悪化するメカニズムから見ても、いかに糖尿病が認知症を悪化させるかを伺い知ることができます。
糖尿病で認知症は悪化する
糖尿病と認知症について詳しくは、別記事にまとめるとして、
ここでは簡単に糖尿病と認知症について解説します。
まず現在、糖尿病が認知症発症の大きなリスクになることは周知の事実とされています。
それは最近アルツハイマー型認知症が、「3型糖尿病」と言われていることからもわかります。
その理由はまず、脳は神経細胞の塊で、神経細胞はそのエネルギーのほとんどに糖を使っているところにあります。
糖を取り込むにはインスリンが必要ですが、糖尿病の患者さんは、インスリンが不足していたり、インスリン抵抗性を示すので、糖をうまく神経細胞に取り込めません。
そうすると神経細胞はうまく働かず、認知機能は落ちていきます。
アミロイドβで神経細胞が障害されていくのと同時に、糖の取り込み不足で神経細胞の機能が落ちていくと、加速度的に認知機能は落ちていくと想像できます。
さらに、糖尿病は動脈硬化を促進し、脳梗塞を引き起こしやすくします。
そうなると、脳血管性認知症になるリスクも倍増します。
他にも食後高血糖状態できる終末糖化産物が神経細胞にダメージと与えたりと、
糖尿病をはじめとする細胞への糖の取り込み障害は、認知症をこれでもか、というくらい悪化させることがわかってきました。
糖の取り込み機能の低下は認知症発症の10年くらい前から始まっているというジョージタウン大学の研究結果も発表されているので、
糖尿病も意識した早めの対策が必要です。
低血糖も認知症のリスク
それだけでなく実は、血糖値が高い高血糖だけでなく、血糖値が低い低血糖も、
脳にエネルギーがいかないので、神経細胞にダメージを与えます。
重篤な低血糖は高血糖と同じく認知症の発症リスクを2倍にするとも言われています。
血糖値の急激な変化を避ける方法とは?
糖尿病は認知症のリスクをあげることは明らかですが、低血糖や食後高血糖などの大きな血糖値の変動も認知症のリスクをあげます。
血糖値を変動させる要因は、運動、ストレス、ホルモンなど様々ありますが、
一番の要因はやはり食事です。
食べ物から作られたブドウ糖が血糖値を上げます。
すると血糖値を下げる唯一のホルモンのインスリンが分泌されるので、血糖値は食事をしても通常は変動は大きくありません。
ただし、食事の量が多すぎることや、高糖食、高脂肪食、そしてインスリン不足、インスリン抵抗性などの血糖値を一定に保てない状態が続くと、
細胞内へ糖を取り込む機能が破綻して糖尿病となります。
血糖値の急激な変化を避けることは、糖尿病をはじめとする生活習慣病全般の予防になり、ダイエットになり、睡眠障害を改善したりといいことばかり。
ですので、ダイエットの本を読んでも、糖尿病の本を読んでも、似たような食事法が書いてあるわけです。
血糖値の変動を防ぐために食事で一番大事なのは、
・炭水化物を最後に食べること
・栄養を偏りなくとること
であると言えます。
●炭水化物を最後に食べること
食事のはじめから炭水化物をとると、炭水化物はすぐにブトウ糖に変わるので、急激な血糖上昇が起こる可能性が高まります。
できるだけ野菜、魚、肉、主食の順で食べるのが理想です。
急激な血糖上昇の症状でよくわかるのは、食事のあとすぐに眠くなる症状です。
思い当たる人は多いかと思いますが、食事をしてすぐに眠くなって横になってしまうのは、血糖上昇が起こっているからかもしれません。
炭水化物を最後に摂って、食べ過ぎに注意しましょう。
●栄養を偏りなくとる
細胞が糖を利用する仕組みにビタミンの働きが書かせません。
江戸時代に精米された白米が贅沢品として富裕層が食べていた時期、脚気が流行り、死者を多数出しました。
脚気は”江戸患い”と呼ばれ、恐れられていましたが、
結論はビタミンB1不足でした。
これはお米を精米したために胚芽がなくなり、ビタミンがなくなって炭水化物のみになった結果でした。
これはほんのビタミン欠乏症の一例ですが、細胞の機能を保って血糖値をコントロールするには補酵素としてのビタミンや、イオンになるミネラルの摂取は欠かせません。
普段の食事で十分に取れてないと感じている方は、マルチサプリなどのサプリメントを補助食品として取り入れるのが有効です。
人参養栄湯が認知症の発症予防に与える影響
前置きが長くなりましたが、ここからは丸中先生の研究結果を紹介します。
間質液の酸性化はインスリン抵抗性を生み出す
ヒトの血液のpHは、常に7.35〜7.45の間に厳密に保たれています。
しかし、血管外にあり、かつ細胞外を満たしている間質液(体液)は、血液のように厳密にコントロールされていません。
間質液には、細胞にくっついて作用するホルモン(インスリンも含む)や、神経伝達物質が働く場所です。
それなのに、血液のようにpHを保つ働きのあるタンパク成分が存在しないために、間質液のpHは変動してしまうのです。
間質液のpHの低下(酸性化)が糖尿病に与える影響
丸中先生は、糖尿病モデルラットを使った動物実験で、間質液のpHと糖尿病の関係について結果を出されています。
まず、脳の海馬付近の間質液のpHを測定したところ、糖尿病モデルラットの間質液pHは、非糖尿病モデルラットの脳に比べて低値であったということです。
次に、間質液のpHの低下が、インスリンの受容体にくっつく結合能に及ぼす影響を調べたところ、インスリンの濃度が一定なのにも関わらずpHの低下によって結合能は下がった、ということです。
そこで、間質液のpHの低下がインスリンの受容体の活性(働きの度合い)に及ぼす影響を調べたところ、間質液のpHの低下とともにインスリン受容体の活性は低下し、さらに間質液pHの低下に伴ってインスリン刺激によるグルコースの細胞内への取り込みは低下した、ということです。
以上をまとめると、
・糖尿病では脳の間質液pHが低下している。
・間質液pHの低下はインスリン抵抗性をもたらす。
・間質液のpHが通常より低い状態では、インスリンが分泌されても血糖値が上昇する。
ということになります。
間質液の酸性化と認知症の関係
丸中先生は、間質液の酸性化は糖尿病だけでなく、他の様々な病気についての関係も言及しておられます。
特にアルツハイマー型認知症は、間質液の酸性化と大きく関わる可能性があると話されています。
その機序は、
間質液pHの低下がアミロイドβの分解酵素であるネプリライシンと、一方でアミロイドβ産生酵素であるβ-およびγ-セレクターぜの活性に大きく影響し、
pHの低下によってアミロイドβの蓄積が促進されることで、アルツハイマー型認知症を引き起こす、という内容です。
さらに、間質液のpHの低下によって神経伝達物質の受容体の結合能も低下し、
神経活動や認知機能の低下を引き起こし、全身での活動低下に繋がると考えられています。
このことから、間質液のpHの低下を改善することが、糖尿病だけでなくアルツハイマー型認知症や神経活動の改善に繋がる可能性が考えられます。
間質液pHの低下を防ぐ人参養栄湯
では間質液のpHを酸性化させないためにはどうしたらいいか?
丸中先生の研究では、古くから最強の補気剤(全身に元気をつける漢方)として有名な人参養栄湯を使って、その可能性について探っておられます。
2018年に出された論文(Hosogi S, Marunaka Y, et al.: Front Nutr., doi: 10.3389/fnut. 2018. 00112)で発表された研究の内容では、
・人参養栄湯を与えた糖尿病モデルマウスでは、人参養栄湯を与えなかった糖尿病モデルマウスに比べ、空腹時血糖の上昇が抑えられ、優位に低かった。
・人参養栄湯を与えた糖尿病モデルマウスでは、人参養栄湯を与えなかった糖尿病モデルマウスに比べ、間質液pHの低下が抑えられ、回復していた。
・最終的に膵β細胞(インスリンを出す細胞)が疲労して、両群の糖尿病モデルマウスの血糖値は上昇するが、この時点でインスリンを投与すると、人参養栄湯を与えた糖尿病モデルマウスでは、人参養栄湯を与えなかった糖尿病モデルマウスに比べ、インスリンを投与して約30分後に血糖値の有意な低下が見られた。
という結果が得られています。
このことから、
人参養栄湯は、間質液pHの低下によって低下していたインスリン受容体結合能を回復し、インスリンの効きをよくする可能性が示されました。
また、人参養栄湯は少量のインスリンでもその効果が十分に発揮できる環境を整備し、インスリン抵抗性を改善できる可能性も示されました。
この人参養栄湯がどうして間質液のpHを改善するのか、というのは現在研究を進めているところだということです。
糖尿病治療薬でなく人参養栄湯という漢方薬を使う意義
この研究での人参養栄湯の効果は、インスリンの効きをよくし、インスリンがうまく働く環境を整えることで、インスリン抵抗性を改善するということでした。
現在、糖尿病治療のガイドラインに載っている糖尿病治療薬とは作用が違いますが、丸中先生は現在一般的に使われている糖尿病治療薬の危険性についても言及されています。
現在使われている糖尿病薬のうちスルホニル尿素薬(グリメピリド等)などのインスリン分泌を促進する薬は、膵β細胞に過剰に負担をかけている可能性があるということです。
さらに高齢者だと、細胞内に糖が取り込まれるのが抑えられる上に、血糖値が低い状態では筋肉で利用される糖が足りず、さらに利用できない可能性があります。
糖尿病の薬は、現在様々な作用機序を持った薬があります。
血糖をコントロールするために、全身いろいろな臓器に働きかけます。
しかしそれが、年齢とともに自然に機能が低下していく体に鞭を打って不自然に血糖をコントロールしている可能性があります。
それに比べて人参養栄湯のような漢方薬は、基本的には生薬という自然の植物や鉱物をエキスにして服用します。
精製している西洋薬に比べて効き目はマイルドですが、全身状態を正常な方向へほとんどの場合害のある作用もなく導いてくれます。
漢方薬の可能性と認知症予防効果は、十分検討する余地はあるでしょう。
いかがでしたでしょうか。
今回は科学的な研究の紹介だったので、少し難しいところもあったかと思いますが、漢方には認知症を文字通り予防する効果があるんじゃないか?と思わせてくれる魅力的な研究内容ではないかと思います。
認知症協会では、西洋薬で治療をする前に、なるべく食事をはじめとする生活習慣で認知症を予防する方法を紹介していきますが、
最新の研究発表を通じて現在認知症の方、またはその家族の方にも朗報を届けられるように、情報を発信していきます。
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